彫刻を拾う(その3) 植木 茂

 ときどき立ち寄る画廊でのこと。意識してそうするのではないが、画集や展図録を収納しているラックを前面にして椅子に腰掛ける。画廊主はやむを得ず、ラックを背にして座り、来客と対面して絵談義が始まることになる。
 半年ほど前にその画廊を訪問したときも、そんなパターンで会話がスタートした。しかし、その日に限って口と耳は画廊主に対していたが、視線の方はその後ろにあるラックの美術資料類に注がれていた。その時ふと、『植木茂展』図録が目に留まる。 相手に対して失礼と思いつつも話を切って、 図録を取り出し中を開

いてパラパラと捲る。すると、鉄線溶接の作品写真が何点か載っているではないか。「アレっ!」と思わず驚きの声を発してしまった。
 作者不詳で調査分析を諦めていた作品に、作風がズバリよく似ているのでる。というのは、2年前の暑い夏の大須観音蚤の市で数点まとめて鉄線彫刻を手に入れていた。大阪の業者が持ってきていたのだが、名古屋の大須に来る人でこんな珍品を欲しがる物好きはいないと思い込んでいたのか、店の奥にしまい込んでいた。それを目敏く見つけて、こころよく分けていただいた。しかし、その後の作者探しは手掛かりが全くつかめず難航し、もうあきらめ半分で物置の奥に突っ込んで忘れかけていたのだ。

 ここで植木茂の(1913-1984)の略歴について。
 大正2年、北海道札幌市に生まれる。札幌市立第一中学校を卒業。同郷の洋画家三岸好太郎に師事し、昭和7年第二回独立展に油絵『風景弐2』で初入選し、9年まで同展に油絵を出品し続ける。その後、長谷川三郎と京都・奈良を旅行し、唐招提寺の大日如来などを見てその造形に感動し、以後彫刻の道を歩む。12年自由美術協会の創立に参加する。18年、応召し中支に出征。21年敗戦により復員、山口県深川町(現長門市)に住む。25年モダンアート協会の創立に参加して会員となるが、29年退会。以後無所属。
 戦中に合成樹脂を素材に用いるなどの革新的活動を見せ、戦後はいち早く木による抽象彫刻を試みて『作品』『トルソ』のシリーズを制作。また昭和30年代の前半には、サントリーの洋酒瓶のデザインも手がける。ロイヤルの瓶は植木のデザインである。
 30年ブラジル・サンパウロ・ビエンナーレ展、31年ヴェネツィア・ビエンナーレ展に出品するなど国際的にも活躍。穏やかなのみ跡と、木の持つ質感や木目を活かし、柔らかいフォルムを持つ有機的な彫刻を、日記をつけるように生涯彫り続ける。
 昭和45年、大阪で開催された万国博ではサントリー館モニュメントの『御酒口』をステンレスで作り、美術ディレクターをつとめる。52年九州産業大学教授に就任。晩年は竹ひごや和紙を用いてモビールや平面的なアッサンブラージュを手がけた。昭和59年死去。(『近代日本美術事典』講談社刊などによる)

 また話を元に戻して、早速下関市立美術館に1987年に開催された植木茂展図録の在庫を、電話で問い合わせるとまだ手持ちがあるとの返事。早速注文して取り寄せる。
 田中晴久氏(当時の下関市美の学芸係長)が図録の中で『植木茂試論−金属彫刻の展開』というタイトルで論文を掲載されていた。これ幸いと田中氏にお電話したら、もう退職されていないとのこと。たいへん残念であったが致し方ない。後任のH学芸員に蒐集品の写真数枚おwお送りし、植木作かどうか確認評価していただくお願いをした。
 その後、その写真をご遺族(息女)の小林未魚子様にも転送して、それらを見ていただいた。写真による両氏の判断では作家の作品である、とのご返答である。ただし、まだこれからも傍証をさらに集め、真作である証明力を増していかねばならないと思っている。
 植木茂は昭和10年代より一貫して抽象彫刻に取り組んできた。多くの美術の批評家たちは、どの時点を捉えても、木彫に重きをおいて語る傾向があった。著名なI氏やU氏の展評もそうであった。確かに代表作といわれてきた作品の多数は木彫であることを否定するつもりはないが、植木彫刻を幅広く考えるときに、金属彫刻は無視できない分野である。
 植木は昭和40年頃より、鉄溶接の作品が目立つようになる。『サーカス』シリーズなど、細い鉄棒を組み合わせて溶接したもの。木彫の重厚に比べ、軽快・優雅・しゃれたセンス・すがすがしさという言葉がピッタリである。ある鉄線彫刻ばかりの個展には“自由な世界への道しるべ”というタイトルをつけている。
 稿を出すにあたり、もう一度写真を撮り直してみて、ますます作品が輝いて見えた。
<補記> 後日、邦雄・未魚子様ご夫妻より丁重なお手紙をいただいた。それによると、今年の夏から長野県白馬村北城・森上に「植木茂アトリエ記念館」(TEL0261-72-2657)を開設される。造形作家に関する資料の保存をかねて、茂のアトリエや住まいの雰囲気を映した施設だ。開館日は7/20〜10/20の金・土・日曜日。今から訪館する日の来ることを楽しみにしている。

寄稿者 堀田晃久 愛知県