「画家」の人生と「師」の言葉  木村悦雄

 行きつけの画廊で「是非紹介したい作品がある」と言われ、何枚かの写真を見せられた。文人画風の水墨画二枚と全く趣の違う小品一点、水墨画の方はかなり大作であるが、写真の状態が悪くかすかに雰囲気を探ることが出来る程度しか分からない。
 「“鍋島紀雄(なべしまただお)”の作品です。ご存じですか」。私にとって初めて耳にする作家の名前である。紹介する画商さんの方も、間に何人か入っているようで、変わった画家であることをさかんに強調するが、詳しい画歴は不明。ただ不明な中にも、これまでに何回か体験したことのある久しぶりのひらめきと、小品の作品に何か心惹かれるものを感じたのも確かである。が、値段に話が移った時点で、その場での作品に対する興味が薄れてしまう。
 開催されたばかりのオークションカタログを見ながら、絵画への冒涜とも思えるあまりにもひどい最近の値づけに対して、憤慨する思いを語り合った直後であり、そのことが購入心理に逆作用を及ぼす。市場性から見れば無名に近い作家の作品は、成り行きというシステムのもとで、無残な結果となる。特に最近は大作の方が逆に売りづらい、そんなことを話題にした後の商談である。それなりの大作の値段を言われ、絵画に対する冒涜だと息巻いた己の姿を忘れ、今の美術業界の実態の方へどうしても心が向いてしまう。

 鍋島紀雄 幻花歎惜図 彩色・紙 34.5×28.0
 梅野記念絵画館蔵

 よく言われる“気持ち悪い値段という感覚”(骨董の世界で、よく贋物に対して使われる言葉だが、最近はオークションなどでの落札結果がリアルタイムで知ることが出来るようになったことと裏腹に、画廊などで付けられる値段があまりにもオークション価格と違うことが多く、別な場面でよく感じるようになった)、絵の良し悪しより値段の曖昧さゆえに、その場は通り過ぎたものの、心の隅に鍋島紀雄に対する“何か”が残った。
 その後、様々に調査を続けて行くうちに、惹かれるものの膨らみが増している。未だ惹かれるものの中味を知るための途上であるが『1921年東京美術学校日本画科を首席で卒業したあと、師川合玉堂の教訓「塵汚の渦中に巻き込まれる勿れ、一意我が道に精進せよ」の言葉を守り、華やかな画壇との交流を退け、孤高のうちに独自の画境を築いた』とのプロフィール紹介の一文が、鍋島紀雄という久しぶりに出会った? 未知の洞窟を前進してみたい思いにさせている。
 実は、我がコレクション人生最大の収穫「小堀四郎」に関する最大のエピソードが“師の言葉と画家の人生”であり、その同じ言葉と同じ孤高の人生・画境を「鍋島紀雄」に見るのである。
 『明治35年(1902)名古屋に生まれた小堀四郎は、昭和2年(1927)東京美術学校西洋画科を卒業、昭和3年(1928)フランスに留学。…昭和8年帰国した。しかし、昭和10年(1935)松田文相の帝展改組による美術界の混乱に際しての、恩師藤島武二の「画壇の悪風に染まるな、芸術は人なり。まず人間を作れ。」という言葉を守り、以降年一回の美校同級生による上杜会にのみ作品を出品掏ることになった。事実、小堀四郎氏はすべての画壇から離れ、孤高の歩みをつづけ…』(1986年 松濤美術館における小堀四郎展カタログの巻頭あいさつ文より)。
 小堀四郎は、師の言葉を守り、妻小堀杏奴(森鴎外次女)の献身的な支えを受けながら、作品を求められても売ることも譲ることもせず、孤高、清貧の人生を送り、老いてなお意欲的に制作を続け、1998年に96歳で亡くなる。生誕100年に当たった昨年、豊田市美術館で回顧展が開かれ、改めて多くの人にその名を知られるとともに、ちょうど時期を同じくして梅野記念絵画館で開催させていただいた「木村悦雄・正子コレクション展」にも、小堀四郎に関連して格別の思い出を書き加えることが出来た。
 この文章を書いている時点で「鍋島紀雄」は、わたしにとって全くの幻の作家である。が、どうも小堀四郎と同じ様な匂いがしてならない。作品を持ってみたい、もっと深く知ってみたい、その思いはつのるばかりである。実は「鍋島紀雄」の作品が、梅野記念絵画館のコレクションの中にあることが最近判明した。灯台もと暗しとはこのことである。一時も早く対面したいと思っている。
 ごく最近、ネットオークションで「鍋島紀雄」の作品(小品が2万円で落札されているのを知った。私にとって「鍋島紀雄」が大きな存在になる予感がしているにもかかわらず、最初に出会った「鍋島」作品の購入に更なる迷いが生じている。価格の差が大きすぎる。何年か前であれば、この出会いに喜びだけを感じ、無理をしてでも購入したはずである。現在の美術界隈での話題が美術品の価格から入らざるを得ない、あまりにも不自然な世界になってしまっているように思えてならないのだが、それは言い訳か。その汚染に染まってしまい、絵の良し悪しを判断する目が曇る自分に怖ささえ感じる。乖離を続けるオークションと画廊での店頭価格、売れることがまず先、安さだけが購入の基準、小さな本当に小さな我が国の美術界隈、同じ関係者たちが寄ってたかって壊滅に追い込むことにならないことを祈りたい。
 書こうとした論点から少し離れ、このような下世話なことを話題にする私には、実は“師の言葉と孤高の画境”を語る資格などないのかも知れないが、今の経済と同様に、先の見えない美術業界に、様々な危惧を感じているのは私だけではないはずである。