「雑踏とした現実との隔たりがここに存在するのか。」となにやらひとりごとのように呟いたような気がする。妻と一言二言言葉を交わしたが何だったのか今はもう思い出せない。ただ美術館全体には静かな佇まいと潤いが溢れていた。
中にはいると常設には岸田劉生、鳥海青児などの油彩を含め、多くの作品が並んでいた。その中でもひときわ大きな油彩に圧倒された。すぐに洲之内徹が引いた金子光晴の詩、「一本のあきびんの…」を思い出した。おそらく80号はあるだろう。厚さ数センチに及ぶ分厚い壁がそこにあった。横からみると斜面のように表面がゆがんでみえる。正面へ回ると暗い背景の中に机と瓶が一本あるだけだった…
家の隣にあるアトリエで普段は陽気な青年が、何かに取り憑かれたように真剣な眼差しで画架に向かっている。昼間、汗まみれで仕事をし、油だらけになってもひとたびアトリエに入り、筆を持つと決してその手を休めることはなかった。張りつめた空気が周囲を満たす。創作は深夜に及ぶこともしばしばだった。一日に何枚もデッサンを重ねることもあった。同時代の画家を研究することは怠らなかったが、彼らのスタイルを吸収するのにそんなに時間はかからなかったと思う。常に自分の描きたいものを自分のスタイルで追求し続けるように心懸けた。時折り、自分自身にこう問いかけた。事物と空間、絵画における現実と非現実性、生命力や存在感はどう表現すればよいのだろうかと。理屈よりも感覚が自分の手を通して現れ、作品は出来上がっていった。夏、暑さで耐えられなくても、窓を開けると満天の星空が見える。冬、暖をとるものは何もなく、寒さに震えながらも
身体中には熱い血潮が沸き立つ。
私は四谷十三雄に直接会ったわけではないが彼の絵を見ているとどうしてもこうした光景を思い浮かべずにはいられない。アトリエにはわずか5年の間に数百点にのぼる素描類のスケッチブックが残されていた。タブロー(本画)のエスキース(下絵)として描かれたものもあれば、それ自体タブローとして充分通用するものもある。日常生活の中で工場労働者としての普段の生活とはひと味違う有意義な空間と時間の流れ、意識の底を満たす静かな安らぎと充実感が交互に訪れていた。職場の同僚もこう回想している。
−彼も私も同じ年に中学を卒業してすぐに富士電機に就職しました。配属された職場も 同じで、真っ黒になって働きながらも結構楽しくやっていたように思います。彼はあの大柄の身体で明るく屈託のない笑顔が印象に残っています。
−四谷君は時々何かがヒラメイタ時に、急に立ち止まって首を傾けて考え込む癖があったように思います。
でも内面は違っていた。俗にしか生きる喜びを知らない人間を強く批判したりしている。
−人間なんてしょうがないものだ。金ばかり目について… 真の人間の喜びを知らない人間ばかりいて、そして表面ばかり飾り立てている人間ばかりいて。日記より
−自分に実力とか美とか持っていない人間ほど、表面に美を飾る人間が多い。現代人は苦悩の道を避けて刹那的な快楽を大手をひろげて求め、自分の生きる道を迷い墜落していく。しかし私は苦悩の中に飛び込み、その道から内面の美を作り上げたいのだ。
文集「オアシス」より1960年
そしてその苦悩も終始、影を落としていた。
−自分は激しいものを画きたい。しかし自分の心の中にそんなすばらしいものは何一片もない。
−自己の中に甘いものにすがろうとするものと、憎しみに自己が歩き回る姿を愚かな自己、結果を出す事のできぬ自己。
星よ、そんなにおれを見るなよ
おれはこんなにしゃれけのない姿を見られるのがはずかしい
星よ、おまえはおれよりもっともっとすばらしいしゃれけのある男を見なよ
星よおまえはまだ見ている
そんなにおれが好きなのか おまえ、好きなら好きと早く返事をしろよ
やっぱり返事ができないじゃないか おまえはただおれの姿を見ているだけよ
星よ、おれのこのしゃれけのない姿より おれの心の中を見てくれよ
おれにはだれひとりとしてこの心の中を見てくれるものはない
星よ…星よ