犬塚勉作品との出会い 館長 梅野 隆

 山を愛し、38歳で谷川岳で遭難死した犬塚勉(1949-1988)のスーパーリアリズムの作品を紹介します。私と犬塚勉の作品との出会いを、私は平成8年の藝林月報8月号でこう書き記しています。
 「テレビ朝日の『名画の旅』をつけると、谷川岳で遭難死した知らない画家の絵の紹介があった。精緻なリアリズムのアクリル細密画で、映像で見ても純粋な精神の宿る佳品と見た。直ちに会場の「せせらぎの里美術館」に電話し、場所を確認して赴き、30点余の作品と対面した。私は感動した。感動という大雑把な言葉が表現に値しないほどの衝撃を受けた。その感動の源は何か。描写の精緻さや構図のすばらしさでもない。作者が自然と対峙し、その感動を画布に留めたいという願いの高さがア・プリオリ(先天的な、原始的な)の感覚として迫ってきて私をおののかせたのである。」
 犬塚先生を偲んだ「稜線の風の如く」という日記並びに追悼文集がある。この追悼文集により私は犬塚勉の芸術に対する思いの高さを知り、畏敬の念を更に深くしたのである。
 この度奥多摩総合開発株式会社の古屋勤様、並びに犬塚勉遺作展実行委員会代表の清水孝啓様のお許しを得て、犬塚勉の遺作展を開催し、この秀でた芸術家の遺業の顕彰に努めることができることは、開催者として喜びこれに過ぐるものはありません。


ブナの森から 1988年 65.0×65.0 アクリル、キャンバス


梅雨の晴れ間 1986年 77×120 アクリル、キャンバス
 


縦走路 1985年 116×166 アクリル、キャンバス
 自然は命がけの厳しさを要求する。並の生きる意志で立ち向かえる相手ではない。自然の命、その厳格で絶対的な法則が春の野の一輪のスミレの花にさえ充満している。
 本当にそれが見えるか。真冬の北岳の稜線の風、ピッケルで辛うじて体を保持しながらピークを目指した。あれが風である。
(1988.4.17 犬塚勉 制作ノート)

暗く深き渓谷の入口 氈i絶筆) 1988年

大自然の神に招かれて.....
1988年9月23日
谷川連峰赤谷川本谷から平標山へ向かう途中、宅天候のため遭難。尾根に出たところのエビス大黒の頭にて力尽き永眠。享年38歳

塗り込められた記憶A 1980年