| いのちの年輪 木下晋の世界に 松永伍一 木下晋の鉛筆による細密表現に初めて向き合った人は、そこから放射される気のごときものに一瞬だじろぐことだろう。絵に吸い込まれながら同時に拒否されるこの不思議な戸惑いなくしては、かれの思想・かれの世界に出会えないと気がつくのに時間はかからない。 木下晋はなぜ絵具に頼らず鉛筆に賭けたのか。答えは簡単である。ひたすら人間の内面・その闇を抉ることをおのれに課してきたからだ。邪道ではない。多くの画家がそれを志しつつも身を躱してきただけのことである。かれは敢えてその困難を選んだ。そしていま木下晋は私たちの前に屹立している。 かれが描いてきた人物−母親をはじめ祖母、妻、娘などの肉親の他、越後瞽女や老人、ニューヨークのホームレス、インドの老人などは、それぞれ職種も異なり、環境も違いながら、私たちに低い声で慎みを秘めて問いを発する。「どう生きてきたか」「なぜ生きるのか」「生きる値打ちがあったのか」と。しかし答えは強要しない。まず、それを描いた画家が密かに復誦する。それに応じて私たちは画面に緻密に引かれた線や陰影からそれらの声を読み取る。まさにシャーマンの口寄せにうなづくように。絵の人物たちの内に蔵したいのちの年輪が匂い立つのはその瞬間だ。うれしいことに鉛筆の色が人間の彩りに変わる。絵具の色では太刀打ちできない鮮烈な人生という彩りに。辛苦を織り上げた人物はその熱いエネルギーを、老残の身は限られた時間を紡ぎながら内深く秘めたいのちの光沢を放つ。私たちはその恵みに浴することができるのだ。 思えば木下晋はおのれのいのちの力で他者のいのちを執拗に鉛筆の芯で追求してきた。それは対象を写実的に描くことでは決してなかった。換言すれば、描いたものの裏側から描けないものを幻影のごとく立ち昇らせることであった。人間を表現するとはそういうことだ。その実践者を間違っても「写実の画家」と呼んではならない。(詩人) |
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