1909(明42) 千葉県東金市に生まる 1930(昭 5 ) 本郷絵画研究所、川端画学校修了 1939(昭14) 海老原喜之助、猪熊弦一郎に師事 1944(昭19) 新制作派協会展に出品を始める 1953(昭28) フランス政府保護留学生として渡仏。サロン・ドートンヌ展出品 1957(昭32) 新制作協会会員、同協会審査員となる 1959(昭34) サロン・ドゥ・メー展にピカソらとともに招待出品 1974(昭49) 帰国。東京・町田のアトリエで制作 1983(昭58) 再渡欧 1994(平 6 ) 紺綬褒章受賞。この間、具象、半抽象、叙情的抽象、単純直載 黒 の抽象、広大無辺を表した抽象と画風を変化させて行った。
行木正義は20年間パリで活躍したがフランス語をあまりしゃべらない。だがフランス人とは理解し合えたようだ。なぜあまりフランス語を話さないのかと聞くと、私は日本男子だと答えることから、作家の性格が窺える。 絵を見ていると、本人が云う「自分が自分から飛び出し夢中で描いた(即ち無の境地で)」様子や、宇宙を自由な心でさまよう様が見てとれる。作家は自分の絵は素直だろうという。見る者も素直な気持ちでこれらの絵を見てほしい。
作品No22
作品No35
第二回 コレクターの眼展にあたって 今回、コレクターの眼展を中村コレクション展に続いて引き受けさせて頂きました。3人の抽象画家、行木正義、坂本善三、阪口鶴代を取り上げましたが、特に、パリで活躍した行木正義を重点的に展示致しました。私は行木正義の甥ですが、この行木正義の画集を画伯の息子、行木銑一とともに、今年自費出版致しました。出版後たまたまの御縁で、梅野館長の眼にとまり、館長の言う美しいものは至るところに落ちている、ただ見ようとしないだけのお言葉通り館長にひろって頂き、そして出版後まだ熱いうちに展覧会をとの暖かいお言葉で展覧会をさせて頂きました。 梅野館長は『絵とのめぐり会いは心の恋人さがし』とおっしゃいましたが、私の長年の心の恋人の絵が日本で始めて世の中に出て、皆様の眼に触れられることを非常な喜びとしております。日本において抽象画は広く愛されているとは思えません。しかし日本人はもともと抽象的な人間であったではないでしょうか。抽象画は見る人の感受性の幅を許容し、見る人の感じたものが、その絵を理解する糸口となるでしょう。ここで展覧した3人の画家に共通するものは、自分で考え、自分で実践し、誰の影響も受けず、純粋な心を自己表現していることであります。作品の中の作者と対話をしてみて、作者の個性に満ちた心に触れてみてください 岸本圭司
岸本圭司